♪ふぅのひとりごとと、日常の会話の中でウケた話をネタとして記録しています。ネタ、ウケたら拍手をお願いします。
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大学野球部OB会
昨日、大学の準硬式野球部のOB戦、OB会がありました。
私は、8年前の11月22日同様(HPhttp://nonboo.sokowonantoka.com/の2008年11月22日参照)、二次会から参加しました。
一次会は、中華街の均元楼。100人くらい集まったそうです。
81歳の監督を慕って、毎年行われているようです。
監督にお会いしたくて、均元楼の外で、一次会が終わる頃待っていました。
昼間のOB戦では、監督はノックをされたというほどまだお元気です。
二次会はタクシーで桜木町の餃子屋に移動。
同期のU君、Y君、I君、一つ下のK君、ふたつ下のK君が参加しました。
体重が現役の頃の1.5倍になった人、今でも華麗に野球ができるけど眉毛が白くなった人、現役の時急性アルコール中毒で救急搬送された人、頭がハンサム(半分寒い)になった人、今でもフルマラソンを3時間台で走れる人の集まりでした。
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10/31(土)大学の同窓会 第4回
第1回同窓会
第2回同窓会
第3回同窓会
そして、今回の同窓会。
前回と同じ横浜スカイビル27階のクルーズクルーズで、18:00~22:00。
出席者21名。
前回とほぼ同じ顔ぶれ。
好きなバスケを休んで行ったのは、親友のアオのゼミが幹事だったため。
談笑~ひとりずつ近況報告~記念撮影~近況報告~談笑。
あっという間の4時間でした。
二次会は、コーヒーを飲みに入ったのですが、10人入る店を見つけたものの、コーヒーは品切れ、ソフトドリンクならあると言うことで入店。

帰りは第2回のみ出席したS君と相鉄線三ツ境まで一緒。
話は尽きませんが、サヨナラ。

中央林間下車。
翌日は夜勤なので、出勤は午後。
気分的に解放感があったので、寄っちゃいました、林間倶楽部に。
コーヒー1杯と8曲歌って2,600円。
帰宅したのは2時頃だったか?

次回の同窓会のときに、前はいつだったけ?と振り返る材料になるので、遅ればせながらブログアップしておきます。
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大学ゼミの同窓会
大学卒業後、北海道で就職したM君が上京するので、ミヤがゼミの仲間に招集をかけてくれました。
今日の19時から、横浜スカイビルの29階にあるミクニヨコハマで。
ゼミの仲間6人と違うゼミの人が一人参加する予定でした。
ところが、昨日、ミヤから「明日入院します。」というメールが来てびっくり。
電話がほしいというので電話したら、肺に水が溜まってるとかで、電話中も苦しそうな咳をしていました。
入院は、1週間か、長引けば1ヶ月くらいになるとのこと。
W君と私が、ミヤの代わりに幹事を頼まれました。

本を探したくて、有隣堂に寄るために、早めに家を出て、17時半に横浜に着きました。
3冊買ったら、丁度いい時間になって、余裕でお店に着きました。

M君以外は、一昨年のクラス会で会っていますが、M君とは卒業以来初めて再会します。
M君が一番に来ていました。
パッと見たとき、わかりませんでしたが、よく見たら、昔のまんまでした。

予約した個室から夜景が見えます。



ディナーはこちら。


メインディッシュは魚か鴨肉。
私は鴨肉をいただきました。




W君は、仕事が延びて、ミクニヨコハマには間に合いませんでした。
ミクニヨコハマは22時閉店。
21時半に、29階フロアで落ち合って、同じ階にある北海道という居酒屋に入りました。
23時過ぎにお店を出て、スカイビルの中のホテルに泊まるM君と別れ、駅でJRに乗る皆と別れて、私だけ相鉄線に乗って帰りました。
とても懐かしく楽しいひとときでした。

帰宅したのは、0時半。
日が変わって今日は早番です。
お休みなさい。
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小説書けそう。
おととい、4年前のブログ記事「ボタ山に会いたい」にコメントをいただきました。
また、当時のことが思い起こされました。

自分で言うのもなんですが、私はとてもピュアで感受性の強い少女でした。
小学校3年生の時、東京の杉並から九州の福岡県飯塚市に父の転勤に付いて行って初めての転校をしました。

東京から来た転校生、注目されました。
負けん気の強い福岡っ子。
「東京から来た子に負けられん。」と、何かと競争心を勝手に浴びせられました。
おかげで私の中に潜んでいた可能性が花開いた時代です。
もともと体育と音楽だけは得意で、勉強もまあまな方でしたので、杉並に居た頃から明るく活発な子ではありましたが、勝気な性格ではありませんでした。

いろんなことがありました。
ボタ山に登ったこと、
まむしに恐れたこと、
花火大会に行って人ごみで何も見えなかったこと、
中学生の兄の運動会のリレーで兄が断トツで走るのが速かったこと、
番長がいること、
炭鉱部落があること、
父の送迎の車で散髪に出かけたこと、
友達とケンカして泣いたこと、
廊下に立たされたこと、
学校の帰りに通学路とはずれて帰り、田んぼの中の水路を飛んで渡ったりして、探検気分が楽しかったこと、
母に買い物を頼まれ、行ったお店に無くてそのまま重い荷物を持ったままバスで違うお店に行き、知り合いのおじさんに褒められ帰宅したのに、遅くなり母に叱られたこと、
子供会でとびいりで友達と「エンピツが一本」を歌ったこと、
友達の家に遊びに行ったら友達がシミーズ姿で出て来て驚いたこと、
農家の友達の家が大きくて驚きうらやましく思ったこと、
友達の家のそばの工場の壁に「首切り反対」の貼り紙がいっぱいあって、母に「首切られちゃうの?」と本当に首を切られるのかと怖いと思ったこと、それを母に笑われたこと、
体育の走り高跳びで足を捻挫して、タクシーで学校に行ったこと、
その怪我のために学校代表で出るはずだった音楽発表会に出られなかったこと、
習字の展覧会に作品が選ばれたこと、
その展覧会に行くタクシーのドアが走行中に開いて友達が落ちそうになって驚いたこと、
先生がえこひいきすること、
そのひいきに乗じて甘えて先生の膝に座る子もいれば、その先生に可愛がられていたが先生に座れと言われても絶対座らなかった自分のこと、
その先生に「脳ある鷹はへそを隠す」など嘘のことわざを教えられたおかげでことわざに興味を持って調べてことわざをいっぱい覚えたこと、
遠足で都会っ子のはずの私がバスに酔い、しゃべれば酔わないからと、男子が私の隣りに座ろうと争ったこと、
教室にストーブがないこと、
真冬でも薄着で通学したこと、
ヒッチハイクをしたこと、
自転車で「小学生の学習」という本を買いに行ったこと、
移動図書館が楽しみだったこと、
蒸気機関車に乗って父と海水浴に行ったこと、
そろばん塾でのこと、
そろばん塾の優しかった6年生のお姉さんにたこ焼きをおごられたこと、
その買い食いに少し罪悪感を覚えたこと、
初めての珠算4級の試験で、心臓がドキドキして手が震えるという経験を初めて覚えたこと、
一緒にそろばんを習い始めた友達が親戚の家に行くため受けられなかったその試験で、私が先に受かったため、その友達にとても悔しがられたこと、
クラス対抗ドッジボール大会、
フットベースボール大会のこと、
リレーのバトン練習のこと、
学校では上履きを使わず裸足で校舎を歩く規則だったこと、
運動場も裸足で走ったこと、
運動会の前に皆並んで運動場の石ころを拾ったこと、
教室にストーブが無かったこと、
友達の家の木にぶら下がったブランコで遊んだこと、
友達の家に遊びに行ったら勉強中だからと断られ驚いたこと、
鞠つきが得意だったこと、
冬の田んぼで友達の家の子犬に追いかけられ苦手で本気で逃げていたのに、友達は自分の妹と笑って見ているだけでとても悲しかったこと、
夜中に怖い夢を見て、泣きながら母の部屋に行き、母が優しく自分の布団に入れてくれて嬉しかったこと、
ませた友達にその子たちが好きな男の子が私のことを好きだからとやきもちを焼かれたこと、
普段仲のいい友達とケンカして、その子が周りの皆に私と口きかんとき、と仲間はずれにするよう声をかけ、皆も私に近付かないが、男子だけが私の味方をしてくれたこと、
授業中、友達が立った後貧血で倒れた時、介助役に先生から私ともう一人が選ばれた理由が、その子が倒れた時笑わなかったのは私達二人だけだったからだと先生に後で言われたこと、
悲しいことがあったとき、自分の部屋から見える夕日に映えるボタ山に見とれたこと、
近くのダムを24インチの自転車でひとりでサイクリングしたこと、
母親が教師をしている友達の家で親の留守中に親のベッドルームで遊んだこと、
姉が中学校で生徒会長をやったり舞台劇の監督をやったこと、
優しくてカッコイイ高校生の長兄の自転車の後ろに乗って出かけたこと、
泣き虫だと思っていた次兄が逞しくなっていったこと、
次兄の同級生の親から「T君が来てから自分の子が遊んでばかりで疲れて宿題をしなくて困る」という苦情があると担任の先生に言われ、母「うちの子も宿題してないんですか?」先生「いいえ、T君はいつもちゃんとしてきています。」母「それなら、うちの子は悪くありませんよね。折角都会からこんな田舎に来て伸び伸びと過ごせるし、いずれまた東京に戻るでしょうから、ここでは自由に遊ばせたいです。」と言ったこと、
3年生の時、通りがかりのおばあさんに、友達が5年生、私が4年生に見られて、友達が得意げな顔をしたこと、
まだまだ、純真な私の心に衝撃的だったことはいっぱいで、枚挙に暇がありません。

転校生で東京と田舎の文化の違い、気候の違い、言葉(方言)の違い、気質の違い、初めての体験・・・・
他の年代でも、転校のおかげで、普通の子よりも色々な経験をしたと思いますが、この時期が、私にとってとても印象的。
ほんの一年半ほどの時期でしたが、私は心身共に逞しくなって、また杉並に転校しました。
抒情的で、風景が目に浮かびそうで、子供心の微妙な動き・・・・
文章力があれば、ちょっとした小説が書けそうな気がします。
題は「転校生」かな?
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30年振りの再会
やっと、なんとか落ち着きました。
・・・
二日酔い。

大学卒業後入社したF社の同期のチーコと、およそ30年ぶりに会いました。
夕方5時に代々木上原で待ち合わせ、最終電車までずっとおしゃべりして飲んでいました。
楽しかった、美味しかった。

彼女がネットで探してくれたそのお店は、23歳の女性が店長の素敵なお店上原ワインライブラリーESOLAでした。

待ち合わせの駅改札で見つけた時、一目でチーコだとわかりました。
相変わらず、引き締まった体躯と美貌。
保険セールスの代理店を営みながら、政治活動をしているということで、変わらずアクティブな生活をしている様子でした。
6時、7時頃は、まだこんな時間、と喜んでいましたが、そのあとの時間はあっという間でした。
飲み放題のワインは、セルフで席を立って注ぎに行きます。
動いたら酔いが回りそうですが、歩くことで酔い具合を確認することもできるような気がする。
いいお店、会いやすい場所、楽しかった。また会おうね、と言ってお店を出ます。

私が調べなかったらどうしてたんだろう、て思うくらい、チーコは帰りのことを気にしていませんでした。
彼女も顔には出ませんが、結構酔ってたんじゃないかな。
彼女の千代田線金町までと、私の中央林間までの終電をスマフォで調べて、0時前にお店を出ました。
駅で別れるとき「千代田線はあっちよ。」と示して、私は小田急の電車に乗りました。
そこまではそれほど酔ってるとは思いませんでしたが、そのあとが・・・あまり覚えていません。
座れたのだろうと思います。シートで撃沈。気付くと、乗換駅の相模大野をひとつ過ぎていました。
相模原であわてて下車すると、途端にグェッ。
あ~、気持ち悪い。
相模大野に戻った時は、江ノ島線の終電のあと。
タクシー乗り場には10人くらい待ち行列。
歩いて帰ろ。
気持ち悪いと思いながらフラフラと歩いていましたが、駅に戻るタクシーに手を上げると、ラッキー、止まってくれました。

朝、目が覚めると、やっぱり二日酔い。
二日酔いになるほど飲めなければいいのに、飲んでいる間はいくらでも飲めてしまう酒飲みの悲しい性。
パジャマに着替えて顔も洗って化粧が落とされていますが、その記憶なし。
スマフォがない!!
あぁ、お店に忘れたか。忘れそうだった折り畳みの傘はちゃんと持って帰ったのに、スマフォを忘れたか?
二日酔いが治まったら、自分の携帯に公衆電話から電話してみよう。昨日のお店は夕方にならないと電話に出ないだろうなあ。
と思っていると、枕の下で振動。あ、ストラップ。
良かったぁ、ありました。
ちゃんと、アラームもセットして寝ていたのに、それも憶えていませんでした。

まだ、全快ではありませんが、これから夜勤に出勤します。
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