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4連休
1月の希望休は、29日しか申請しなかったのに、28日から31日まで4連休になりました。
当初の計画は、
28日(土)翌日サイクリングのサイクリングの準備と夜は高校体育館でバスケ
29日(日)マサコさんと千葉の水仙ロードサイクリング
30日(月)サイクリングレポート作成と18時から会社のミーティングに出席
31日(火)夜、昔のPTA仲間の飲み会

26日、27日は、早番、日勤の予定でしたが、急に入院した人の代わりに夜勤に変更。
ホーム長に「(月末の)休みは、もう予定入れちゃってますよね。」と言われ、はい、と答え、そのまま4連休。

父が脳梗塞のため緊急入院。
巡り合わせというか、この連休はそのためか、と思いました。

28日(土)は、体力的に無理はやめて、バスケはパス。
29日(日)予定通りマサコさんとサイクリングに出発。
久里浜港で東京湾フェリーに乗船して出航を待っている時、母から電話。
「おじいちゃんがトイレで転んで起きないの。」
日曜日なら兄は休み。兄に電話して行ってもらいます。
私ひとりならとんぼ返りするところですが、友達と一緒なので、兄に任せて予定通りサイクリングに行くつもり。
父は息をしている。寝ているだけだ。布団に移して来た、大丈夫。と聞いて安心してサイクリングへ。
おかしいと思ったけど、兄が見て大丈夫と思ったのだから大丈夫でしょうと。
サイクリングの帰り、夜10時頃、マサコさんと夕食をとっているガストから兄に電話。
父は土曜日の夜11時ごろ、飲んで帰って来た。
日曜日の朝早くトイレに起きてその時倒れたらしい。
母が声をかけても父は起きないし動かせないので、トイレに居る父に布団をかけて寝かせて置いた。
兄が行った時も眠っていたので布団に移した。額にアイスノンを載せると嫌がって手を払った。ずっと寝ている。
「そりゃおかしい。明日行きます。」明日仕事の兄はそうしてくれる?と。
30日(月)朝8時過ぎ母に電話。「私今困ってるの。おじいちゃんが全然起きないの。」「これから行きます。」
朝10時前、兄からも私に行って来てほしいと電話あり。
洗濯物を干してから出かけたら、実家に着いたのは11時過ぎ。
父は布団で寝ている。
母に、父が帰宅してからのことを確認のため聞くと、「そうだったかしら?」
「28日土曜日の夜11時頃飲んで帰って来て、(略)」
「今日は何日だっけ?」30日と教えても、また同じ質問。
兄に話した情報を、話したことも忘れています。

「お父さん、○○子です。わかりますか?」
首を動かして私の方を見ますが何も言わない。
これはおかしい。119番。
父が倒れてから時間は経っているが、様子がおかしいので、病院に連れて行きたいが、ひとりでは連れていけそうにないので救急車をお願いできないかとこちらに電話しました。
その様子なら急を要すると思われるが、救急車を要請するか否かはあなたの判断によると言われたので、「では、救急車を要請します。」と。

数分で救急車到着。
右半身麻痺。発語なし。
救急隊員が「なんで、お兄さんが来たときに昨日のうちに呼ばなかったんですか!?」
いつも、飲んで帰るとよく寝込んでたので、兄はまたいつものことだと思ったのだと思います。
「お酒が飲めるほどお元気だったんですか!?」

「いつものお父さんはどんな方でしたか?」
「矍鑠とした老人です。」

母を家に残して、私だけ救急車に乗りました。
保険証とお薬手帳は、いつも父が持ち歩いている手提げ袋の中にあったのでそれを持って。
救急車の中から次兄にメール。
救急車の中で、救急隊員に、「おかあさん認知症の検査を受けられた方がいいですよ。」と言われました。
病院で医者から説明を受ける。
昨日搬送されていたとしても、状況は同じだったでしょうと聞いてホッとしました。
後になって「なんでもっと早く運ばなかったの?」と責められたり自責の念にかられる心配はなくなりましたから。
病室の準備ができるまで待つ間、長兄に電話。
姉と次兄にメールで報告。
会社に電話してミーティングを欠席する旨承諾を得る。

救急病棟には次々と救急患者が運ばれて来ます。

次兄は会社を早退。
実家に置いてきた私の車で(誰かが車を動かすかも、と思ってキーを置いてきた)、母と一緒に病院へ来ました。
長兄は、出張先の名古屋からこだまに乗ったと。

入院手続きを済ませ、父の様子を見て、病院の帰りに3人で買い物に寄り、実家に戻って荷物をおろし、母と私も車を降りて、次兄が長兄を駅まで迎えに行き、その足でふたりで病院に。

父は何も言えませんが、左手を盛んに動かします。
まるで、「忙しいのに、すまんねえ。」と言っている時のようです。
昨年、交通事故で入院した時のあのときと同じように。

昨年の入院の時、私は父の預貯金等を把握し、仕事関係も手伝ったので、だいたいわかっています。
まるで、今回の予行演習をしたかのようです。
父の退院後は、俺のお金だ、自分のことは自分でやる、というのですべて返上しましたが、また私が管理することになります。

30日は実家に泊まり。
31日(火)生ごみを出すため、実家を7時頃に出て帰宅。
先週の金曜日のごみの日は、夜勤明けでごみを出せなかったから、もうごみ箱がいっぱいなのです。
今日の飲み会、昨日は一瞬キャンセルしようかと迷いましたが、これも仕事と同じ、はずせない大事な約束なので、行きます。

私の生活は変わりません。
また少し忙しくなるだけです。
一番心配だったのは母のことです。
実家から通勤しなきゃ駄目かなあ、と思いましたが、「一人暮らしできる?」と聞くと、「自分の食事くらい自分でできるわよ。」「今までだって、ほとんどお父さんは出かけてばかりでいつもひとりだったんだから。」と言うので、これからは休みのたびに話し相手に通うことにして、今まで通りと言うことで。
近所に住む次兄もこまめに様子を見に行ってくれるでしょうが、無口な兄では話し相手になりませんからね。
だから、仕事もバスケもサイクリングも今まで通り。飲み会も誘われれば行きます。
それが、それぞれが、人間らしく自分らしく生きる、生活するということ。
私はそのように割り切っています。

父は、母だけいる自宅に戻って生活するのは無理だと医者から言われました。
父の今後については、ケースワーカーと相談しながら決めて行きます。なるようにしかなりません。
母も、もっと深刻な状況になれば、兄弟で相談して決めていくことになるでしょう。

ということで、遅くなるとは思いますが、29日のサイクリングレポートもそのうちアップします。
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