♪サイクリング、バスケのことをメインにふぅの日常のことを記録しています。
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初めてのスキー
調べ事があって、自分のHPを振り返っていたところ、福岡県の筑紫高校の修学旅行でスキーに行ったときの写真を見つけました。
暖かい九州の学校なので、スキーが初めての生徒が多く、私も初めてでした。
HPでリンクした写真を先日アップしたばかりの「2018/3/31(土)-4/1(日)小倉、門司港と福岡懐古の旅 二日目」に追加しました。
筑紫高校修学旅行志賀高原
この写真は、HP「ふぅのサイクリング」のプロフィール~生い立ちのマップでリンクしている写真です。

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ネタ帳
ブログ入力をしているとき、偶然、カテゴリ”ネタ帳”の記事を読みました。
それがおかしくて、記事が194もある”ネタ帳”に絞り込んで、過去の記事を読み返してみました。
ちょっと笑ったり、大笑いしたり、涙が出るほどお腹を抱えて笑ったネタもありしました。

ほとんど家族の会話、職場での会話から生まれたものです。
仲のいい楽しい家族だったんだなあ。
今は・・・。
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俳句
今日も片付けをしました。
ゴミは40リットル袋にいっぱいです。

そんな中、数年前にいただいた俳句を見つけました。

○冬晴や 共に歌ひし 雪の歌

○肩たたく手の柔らかし 冬うらら (昌子)

○霜晴や 江の島目指して 自転車漕ぐ

有料老人ホームで働いていた時の、入居者の方からいただきました。
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ミヤを偲ぶ
大学の数学科で同じクラス。
三年生からのゼミも一緒。
バスケット部で、私と同じガード。

クラスでは、男子ともフランクに話せる快活な人で、在学中は、イベントなどの世話役を買って出てくれていました。
クラスでは、私と違うグループで、あまり一緒に行動することはありませんでした。

大学卒業後、同じクラスのS君とミヤが、中学の同窓会で会い、大学のクラス会もやろうよ、言ったのが、大学クラス会の始まり。
2008年11月のことでした。
クラス会を何年毎にやるかという話し合いで、10年後だと誰か死んでるかも知れないからと、2年毎になりましたが、本当に10年以内で、ミヤが逝っちゃった。

ゼミの集まりも、北海道に着任したM君が上京した際に、ミヤが、召集をかけてくれました。
その時、ミヤは入院していました。あれが、ガンの始まりだったのだろうか。

ミヤは、同じ大学の大学院を出て、中学校の数学教員になりました。
バスケット部の顧問もやっていました。

その後、ミヤは早期退職しました。
病気のせいか、遺産相続して得た不動産収入ができたからかわかりませんが。
退職前だと思うのですが、大学のクラス会で、学校に通い、趣味を楽しんでいる、という話を聞いたような気がします。

バスケに関しては、バスケが強い高校から来ていて、センスがいい人でした。
ゲーム審判をする姿も格好良かった。
インターセプトが上手で、ブヒーッと飛び出す姿を、皆で両手の指を豚のように2本ずつ(人差し指と中指、薬指と小指をくっつける)にして真似て、からかったものてす。

膝を痛めて、三年生の途中で退部したのですが、存在感があったので、そんなことも忘れさせてくれていたので、卒業後もバスケの集まりにも必ず声をかけていたら、私なんて、途中でやめたのに、と気兼ねしていました。

大学時代、ファッションセンスのいいミヤが、non・noを持って歩く姿に憧れて、私もnon・noを買ってみましたが、私は続きませんでした。

ミヤのご冥福を祈ります。


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夏祭り
前の職場である有料老人ホームの夏祭りの応援に出かけました。
1年8か月ぶりに行きました。
夏祭りは13時~16時ということで、駅から久し振りの心臓破りの坂道を上って、ホームに12時過ぎに着きました。
ホーム長や元同僚達が温かく迎えてくれました。
知った顔のスタッフがまだいっぱい居て、みんな変わらず、安心しました。

入居者の方にも挨拶に部屋に行きました。
私を憶えていてくださった方とは、涙の再会です。
ご家族の方とも、懐かしくお話しすることができました。

在籍していた頃、アトラクションで私のギター伴奏で皆さんと歌ったり、食事のとき、食堂に皆さんが集まってから、食事が厨房から運ばれるまでの待ち時間などに、リコーダーを吹いていました。
今日も、吹く機会があるかわからないけど、一応リコーダーを持って行ったら、ホーム長が、会うと早々に、リコーダーやって、と言って下さいました。
私が担当するおみくじの場所は、神社のように設えてあって、賽銭箱も手作りされていました。
来訪者を待っている間に、BGMとしてリコーダーを吹いていたので、私も退屈しませんでした。
リコーダーの音に引かれて訪れる入居者もいらして、歌われた方もいらっしゃいました。

14時からマジックショーがあると言うので、三階の会場に上がりました。
準備が整うまで、時間があったので、ホーム長に押されて、皆さんの前でリコーダーを演奏しました。
思いつくままに、高原列車、りんごの唄、港の見える丘、君といつまでもを吹くと、皆さんのよく知っている歌ばかりなので、一緒に歌って下さったのが、とても嬉しかったです。
マジックショーが始まりました。
誰かお手伝いを、と言われ、私が駆り出されました。
マジックショーが終わると、スタッフが、打ち合わせ無しの、アンコール。
演者は、初めてのアンコールに、準備が必要で、それが整うまでの場繋ぎに、また私のリコーダー。
マジックショーにちなんで、オリーブの首飾りを演奏し、間を埋めました。

そのあとも、夏祭りの会場の移動介助をしたり、入居者の方と過ごしました。

この1年8か月の間に亡くなられた方、状態が落ちた方もあれば、私の訪問を涙を流して喜んで下さった方もあり、感慨無量でした。

ホームは、メディカルホームに変わっていたり、入居者の生活記録も、私が居た頃は手書きでしたが、今ではパソコン入力に変わり、スタッフルームも整然と片付けられていて、とても色々な所が改善されている感じを受けました。
イベントも増えていて、とてもいいホームになったなあ、と思いました。

夜には、花火大会もあるようで、スタッフ達は、片付けなど忙しそうにしていましたが、私は5時頃、ホームを後にしました。

疲れました。
帰宅後は、夏祭りで残った焼きそばをいただいたので、ビールを飲んで食べました。

疲れて寝てしまいました。
でも、料理をしないと、食材が悪くなってしまうので、また頑張って起きて、作りおきをしました。
仕事のある日は、帰りも遅いし疲れて料理をする元気は全くありませんから。




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